通信総合博物館ていぱーく

1871年に郵便制度が始まってから、人々は多くの手紙を送ることになります。
遠く離れた人に、自分の近況や伝えておかなければならない重要な事を手紙にして郵便ポストに投函しました。

そのため、当初は70ヶ所程度の郵便ポストの設置数だったものが、急激に数を増やすため、板を4枚張り合わせた簡素な形状に変化していきます。
この郵便ポストは「黒塗柱箱(黒ポスト)」と呼ばれるようになりましたが、なぜ色が黒かったのかについては分かっていません。

 

その後、1904年に赤い郵便ポストが登場するまでの約30年間は黒塗柱箱が使用されることになります。

この黒塗柱箱には2つの欠点がありましたが、その2つとは、「火事で燃えてしまう」ことと「視認性が悪い」ことになります。

 

明治時代のサービスとはいえ、利用者からお金をもらって手紙を預かっていますので、火事のときに手紙が焼けてしまうのは、非常に大きな問題となっていました。
また、黒く塗られた郵便ポストだったので、夜間などは非常に見えづらく評判が良くなかったと言われています。

 

この約30年間利用されてきた黒塗柱箱は、緊急に大量生産しなければならない状況での、過渡期のものとして考案されたもののようです。

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