通信総合博物館ていぱーく

 

黒くて四角い”黒塗柱箱”と呼ばれる郵便ポストは、大量生産には向いているものの、視認性が悪いことや、火事のときに郵便物が燃えてしまうという欠陥がありました。
さらに、四角い形状は、歩行者の通行の障害となってしまうことから、あまり評判が良くなかったのも事実です。

 

そのため、黒塗柱箱が1872年に登場してから約30年後の1901年には2人の発明家による郵便ポストが試験的に導入されることになります。

 

そのうちの「俵谷式ポスト」を開発した俵谷高七(たわらや・たかしち)氏は、赤くて鉄製の郵便ポストを開発しました。
俵谷高七氏は、この郵便ポストだけでなく、たばこや切手の自動販売機を初めて開発した人としても有名な人で、幼いころから手先の器用さで周囲の人を驚かせていたというエピソードが多い人になります。

 

現在の島根県浜田市に生まれた俵谷高七氏による郵便ポストは、近年まで使用されてきた丸型郵便ポストとほぼ同じ形状の郵便ポストになります。
しかし、赤い郵便ポストとはいっても、非常に黒に近いものでしたので、まだまだ視認性が良くなったとは言えないものでした。
しかし、昭和中期まで使用されていた丸型郵便ポストの原型となるポストとして非常に意味のあるものになります。

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