通信総合博物館ていぱーく

1872年に登場した”黒塗柱箱”の「視認性の悪さ」と「火事に燃えてしまう」という欠点を補うために、試験的に導入された丸型の赤い郵便ポストは俵谷高七氏と中村幸治氏の二人によって開発されました。

 

中村幸治氏によって開発された郵便ポストは、俵谷高七氏と同じく赤い郵便ポストになりますが、現在使用されているような鮮やかな赤色が斬新なデザインとして人気となったようです。

両者が開発した郵便ポストの材質は、ともに鉄製となっていますが、中村式のものは雨が中に入り込まないように蓋(ふた)が取り付けられていたことが大きな特徴となっています。

現代のポストでは雨をさえぎるための蓋はあって当然の機能となっていますが、当時の人々にとっては斬新な機能の一つと捉えられたようです。

 

当時は手紙を書くときにインクを使用していたことが予想されますので、雨でぬれてしまうと読み取れなくなってしまうといった苦情があったのかもしれませんね。

現代においても企業のサービスの向上は、それを利用する人の苦情を解決したり、不満を解消することでよくなってくるものです。
同じように、明治時代の郵便ポストも利用者の声を聞きながら改良が始まってきたという感じがします。

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